生徒会室のドアを開けると、沢山のクラッカー音と盛大な拍手に迎えられた。
「みんな…?」
わけが分からず首を傾げると、ルルーシュが笑顔でこちらに歩いてきた。
「おめでとう、スザク」
「ありがと…って何が??」
「誕生日だろ?」
「あ…」
覚えていてくれたんだ、と嬉しくなる。でもどうして他のみんなも知ってるんだろう。そう疑問に感じていたら、ミレイ会長が説明してくれた。
「ルルーシュが教えてくれたのよ。生徒会役員の誕生日はみんなで祝う決まりなの。」
コ惑的なウインクで、シャンパン(らしきもの)のセンをぽんっと開けた。
「枢木スザクくん、おめでとうーっ!!」
会長の言葉にみんなも合わせて祝福してくれた。リヴァルにグラスを持たされ、コハク色の液体がなみなみと注がれた。
「スザクさん、おめでとうございます。」
ナナリーがこちらに来て、ふわりと笑った。
「今日はこの会が終わったら、ぜひうちに来てくださいな。」
「え、いいのかい?」
「ええ。お兄様も喜びますわ。」
「だといいけど」
ナナリーの柔らかな雰囲気につられて、スザクも微笑んだ。ルルーシュの方に目を向けると、会長に言われてか無理矢理グラスをあおっている。悪酔いしないといいけれど。
テーブルには豪華な食事が並んでいた。レタスと生ハムのサンドウィッチ、ローストビーフ、いろいろなフルーツ、ベーコン、チーズ…料理が得意な会長が焼いたのだろう、大きくて円形のイチゴのケーキ。どれも色鮮やかで、いいにおいがして、とてもおいしそうだ。
「どんどん食べてねー、スザク」
会長に促され、ケーキの上に乗っているイチゴを手にとり尖端を前歯でかんだ。甘酸っぱい香りが口に広がる。
「おいしい?」
「はい。こういうの夢だったんで、嬉しいです。」
「こういうの?」
「一番最初に、一番好きなものを食べるって」
「ああ、」
スザクが言うと会長は納得したように頷いた。そのままイチゴを全て口に含み、今度はサンドウィッチに手を伸ばす。と、ナナリーに食事を運ぶルルーシュが目に入り、走り寄った。
「ルルーシュ!」
「スザク」
「誕生日、覚えていてくれたんだね」
「忘れるわけないだろ」
ルルーシュが、ナナリーみたいにふわりと笑った。その笑顔、誰にでも向けないでね、と、ルルーシュが普段スザクに対して言う台詞を思い出す。
「今日は泊まっていくよな?」
「うん、ありがとう」
乾杯、とグラスを差し出される。小気味良い音が鳴って、祝賀は続行された。
「スザク」
「なに?ルルーシュ」
「なんでもない」
もうずっとこんな状態だ。スザクはため息をついた。ルルーシュがぎゅっと抱きついてきて、はなしてくれない。みんながいるのに、変に思われたらどうするんだろう。
「ルルーシュ、酔ってるだろ」
「酔ってない」
「酔ってる」
スザクはルルーシュのおでこをピンと突いて、ナナリーだっているんだから、っと叱咤した。
「あらー、なんかいい雰囲気ねぇ」
リヴァルの一発芸を見ていたミレイ会長が、手を叩きながら近付いてきた。スザクは苦笑いをしながら答える。
「酔ってるみたいです」
「ルルーシュ、酔うとこんなになるのね。初めて知ったわ。」
「酔ってません」
かたくなに否定しながらも、スザクの首筋に顔を埋めるルルーシュに吹き出してしまう。
「ふふん、甘えん坊になるわけね」
「くすっ、そうですね」
「存分に甘えさせてあげて」
「え?」
「いつも、みんなルルに甘えてしまうところがあるから。ルルもけっこう、疲れることがあると思うのよね」
会長が真剣に言う。ルルーシュが猫のように唸りながら、スザクと体を密着させる。
ルルーシュ、君も本当は寂しいの?
スザクは声には出さず、ルルーシュの手のひらをぎゅっと掴んだ。
幼い頃に母を亡くしてそれから妹とずっと二人きりで生きてきたルルーシュ。どれだけの精神力が必要だったろう。7年前、初めて出会った頃からも、その苦労は見て取れた。
「スザク、あなたもよ」
「え?」
「あなただって、好きなものを一番に求めていいと思う」
「会長、」
「ここはもうあなたの居場所なんだから、遠慮はしないでね」
ドキリとした。的外れだったらごめんね、会長は肩をすくめて、スザクから離れて行った。心を開いていないわけではない。警戒をしているわけではない。けれどスザクは、自分の要求を主張するということはなかった。正直に言えば、スザク自身が分からないのだ。何が好きで、何が一番に欲しいのか。
「ん、…スザク…」
すっかり酔いが回って眠そうなルルーシュに名前を呼ばれて、はっとした。頬が緩む。指先を強く絡めた。
「スザク?」
「なんでもないよ」
見つけた。
ずっと、幼い頃から、熱望していた、彼。ルルーシュが、スザクにとって何より大切なものだった。
「ね、ルルーシュ」
「なんだ?」
「今日はいっぱい甘えていいよ」
「何言ってるんだ。今日はスザクの誕生日なんだから、お前が甘えていいんだ」
「うん、でも僕、ルルーシュに甘えてもらいたい」
「それがスザクの望み?」
「うん」
「なら、存分に甘えてやろう」
うんうん、なんて頷いて、熱った体が近付いてきた。人知れず、親愛のキスを額に落としてやると、ルルーシュは少し焦った声を出す。
「我慢が聞かなくなるから、やめろ」
「それは大変、」
スザクは甘く声をひそめ、再びケーキの上のイチゴを口に含んだ。
名残惜しくも宴会は終了を告げた。ナナリーとルルーシュの住居に約束通り、お邪魔することになった。
ナナリーをサヨコさんに預けて、ルルーシュの部屋へと入る。ルルーシュはまだ少し酒が入っているのか、力なくベッドに座った。
「スザク」
「ん?」
「お前、酒強いのか?」
「うん、まぁ…」
軍隊なんかに入ってると、無理矢理飲まされたりする。日本の法律では違法であるから、本当は嫌だったのだけど、すっかり慣れてしまっていた。
スザクが軍に入ったのは、ルルーシュとナナリーのためと言って間違いではなかった。刃物を握ったあの瞬間から、常に自分以外のために力を使うことを誓った。それが自分の信念だと堅く信じていたというのに、そうした態度が原因で自分自身を見失っていた気がする。誇りと、願いと、結果と、意地。どれを優先すればいいのか、今でも自信がない。
だけど暗闇の中、再びスザクを引き上げてくれたのはルルーシュだったのだろう。
「そんな顔、するな」
「あっ、」
不意に引き寄せられ、触れるだけのキスをされた。アルコール分が回ったルルーシュの唇が熱くて、きゅっと目を瞑る。
薄暗い部屋の中、衣ずれの音がやけに大きい。
「ルルーシュ、」
「甘えさせてくれるんだっけ?」
素早く己のブラウスのボタンを外しながら、スザクに耳元で囁く。スザクは顔が熱くなるのを感じた。ルルーシュの不意打ちには今だに慣れない。
「いつもルルーシュに甘えさせてもらってるから。」
「好きでやってるから、別にいいんだけど」
優しいルルーシュの声。酔いは覚めてきているのだろうか?ルルーシュの露になった白い胸元に手を滑らすと、遮るように体を押し倒された。
「前に言われたことがあるよ」
「うん?」
「上官に…僕は与えられることを求めているって。ただ、僕の相手が、与えることで安息を得ているなら、それでいいって」
「ふぅん?」
首筋にキスを落とされる。何回その唇に触れられただろう。あと何回、触れてもらえるのだろう。
舌先が鎖骨を滑る。ルルーシュの吐息を感じる。
「ん…、でも、それじゃあ僕がいやなんだ」
「スザク」
「僕はきっと、与えてみたいんだ。君みたいに、誰かをただ一途に、純粋に、歪みなく」
「スザク、」
「僕は、きっと君みたいに…なりたかったんだ」
スザクが告げると、ルルーシュは悲しそうに笑った。
「スザク、俺はお前を愛しているよ」
シャツを脱がしていた指が移動して、震えていた手のひらを握られた。暖かなそれは控え目に爪を撫でる。
「与えることが幸福って、ナナリーのことを言ってる?スザクに関して言えば、きっと歪みきってる。そうだな、依存してる。7年前からずっと、捕われてる。スザクのことを考えると、苦しくて仕方ない」
「苦しい?…僕もかもしれない、君といるといつも、痛くてつらくて切なくて…知ってる?僕の過去を知ってるのは、君だけなんだ」
「光栄だと思うよ」
「君の立場に立ったら、迷惑だと思うけど」
唇を尖らせ、視線を落とした。ひとつ年を重ねるっていうのに、全く成長の見えない自分に泣きたくなってくる。結局トラウマからは逃れられない。親友という垣根を乗り越えられた自分にあるいは、と希望を持てていたのだけど。
「我が儘、言っていい?」
「もちろん」
バースデープレゼントにもらった、金の翼を模したイアリングを指先で揺らされる。
「ずっと一緒にいて」
「そんなんでいいのか」
「もう離れたくないんだ」
泣きそうになる。だけど、愛してくれる人がいれば、それでいいかと思えてくる。つくづく自分本位な自分に、あきれてくるけど。
「俺もひとつ…、甘えていいか?」
「うん、」
「生きろ。何があっても。どんな結果が突きつけられても」
「君が死んでも?」
「それが結果だ」
ルルーシュの笑みは決意に満ちていた。きっと、ルルーシュはルルーシュで、何か思うことがあるんだろう。それに口出すことは出来ない。スザクが軍に残っているのと、同じように。
胸の痛みはきっと止むことはないだろう。だけど、それを和らげる方法は知っていた。
逃避と言われてもいい。勝手だ、個人主義だ、と言われても。これが平和に繋がるなんて、到底思ってないけれど。
スザクは手を伸ばした。ルルーシュの頬に触れる。何度も何度も、ルルーシュを欲したその体が、次の行為を期待をして震えた。
全ての思考を遮断して、求められるのは君だけ。そうした存在があるなんて、なんて幸せなんだろう。
死にたくなっても、逃げたくなっても、スザクはルルーシュを理由に、きっと前を向いていられると思った。
「誓うよ」
「信用ならないな、」
「ルルーシュは、やっぱり僕を誤解してる」
「そうかな、」
「僕は、そんなにいい子じゃないよ」
「何度も聞いた」
ふ、と笑って目元にキスされた。髪の毛に指を通され、気持ちよくて目を瞑る。性的な目的を含まない愛撫は、幼い頃のじゃれあいに似ていて気持ちが癒された。
お互いの心臓を密着させて、鼓動を聞いた。どれくらいの確率で、こうしていられているのだろう?
ルルーシュの背中に回した手をぎゅっと握る。真っ赤に汚れて一生戻らない手。ルルーシュがそれを知ったら、どう思うだろう?
「でも俺の中のスザクは、そういうスザクなんだよ」
「勝手。」
「その分勝手に、与えてやるから」
「ルルーシュ、」
はっきりと彼の名前を呼んだ。吐息混じりの相槌に、生っぽさが増して少し恥ずかしい。
「ルルーシュ、好きだよ」
たとえ、どんな君でも。僕の中のルルーシュは、優しくて温かくて、多分ずっと変わらない。
ちゅ、と唇に吸い付かれた。ルルーシュの指先が体を滑る。お互いの皮膚さえもじれったく感じる。切なくて、苦しくて、それでも最後にはスザクの憧れる、求めている、大好きなルルーシュとひとつになれるから、だから体が反応するんだ。
「誕生日おめでとう、スザク」
熱っぽいその瞳に、情欲の火種が弾けて、すぐに何にもわからなくなるだろう。
こんな自分でも、君に何か与えられればいいな。
そんな風に思いながら、スザクはルルーシュに笑顔を向けた。
2007/7/12 終わり