テルミー・ベイベー

HAPPY BIRTHDAY TO SUZAKU KURURUGI !



今日という日は、何があっても祝わなくてはいけない。
ルルーシュは真剣な面持ちで、教室へ向かう。

再びゼロとしての活動を再開してから、ゆっくり休む暇もなかった。
せっかくスザクと再会できたというのに、ちっとも一緒に過ごせていない。

正直、ルルーシュはかなりの多忙だった。
天然のサヨコのせいで、複数人とのデートの予定も詰まっていた。
あれは頂けない。女と一緒にいるのは疲れる。

ルルーシュが唯一心が休まるのは、彼、スザクといるときだ。
いや、今はちょっと、しばらく見ないうちにツン!とした雰囲気になってしまったが、そんなことは関係ない。
いや、あくまでルルーシュはゼロの記憶がないという前提で接しているわけなのだから、ちょっとは演技しろよ、とも思うのだが、またそこも可愛い。

前置きが長かったが、今日はそんな彼、枢木スザクの誕生日だった。
たとえ多忙を極めていても、忘れるわけがない。
本当は盛大に生徒会を上げて祝ってやりたいと思っていた。しかし、スザクの方も軍務で忙しいだろうし、それは我慢した。 というか、以前はゼロの活動に比例して忙しくなっていたスザクだったが、最近はナイトオブラウンズ様とやらに昇格したせいで、時間が取れた試しがない。

気に入らない。顔をしかめながら、ルルーシュは教室の扉を開けた。
その勢いに、クラスメイト達が驚いて彼の方を見る。人並み外れた美貌の持ち主だから、きつく引き結びられた唇と、鋭い眼光も、冷たく近寄りがたい印象が際立った。
周りの怯んだ空気も気にせず、ルルーシュは自分の隣の席に目をやる。
目標確認完了。ルルーシュは自分の席にまっすぐ向かい、自然な笑顔で隣の彼に挨拶をした。

「おはよう、スザク」
「おはよう、ルルーシュ、って、もう二限だよ?」

スザクが呆れた声を上げる。柔らかそうなくせ毛をぴろぴろ揺らしながら、困ったような笑顔だ。
くそ、可愛いじゃないか。

「あ、あぁ?そうだったか。最近忙しくてな…」

あまりの眩しさにうつむいて、口ごもる。って、違う!
今日の約束を取り付けなければ。
いや、っていうか、もう言うべきなのか?
お祝いの言葉。いや、でも、こんなみんなの前で!

淑女なみに初心なルルーシュの葛藤を全く読みとれない様子で、スザクはルルーシュの恥じらう様子に首をかしげた。
それから彼の不審な行動に、人知れず表情を固くする。

(まさか、ゼロの記憶が…?)

実際、もうとっくに戻っているが、今は杞憂だった。
一方ルルーシュは、しばらく逡巡した後、決意する。立ちあがって、制服の胸元を軽く掴んだ。
スザクがはっと目を上げる。
そう、あの合図だ。『屋根裏部屋で逢おう』の合図。
今は、『屋上で会おう』になっている。他にもたくさん作ったのに、スザクはこれくらいしか覚えてくれなかった。

で、とりあえず、ルルーシュは教室を出た。スザクも立ちあがり、ルルーシュに続く。
それから入れ違いに教師が入ってくる。授業の予鈴が鳴った。
あいつら、またか…とクラスの生徒たちが思った。教師ももう諦めている様子だった。

「もう、また授業サボって…」
「それよりも、大事な話なんだよ」

屋上に着くと、スザクはまた呆れた声を上げた。
真面目なスザクだが、授業よりもルルーシュの合図を優先してくれた。ルルーシュは嬉しかった。

スザクの方も、ルルーシュの監視という名目で彼と接していたが、時折素に戻ってしまうことがあった。
一年間、憎しみに駆られたまま生きてきたというのに、自分の甘さに吐き気がする。
スザクがそんな自己嫌悪に陥っているのも、ルルーシュには予測出来た。
そして、それが自分のせいであるというのも、目を逸らしたくて仕方ない現実だった。
ただ、目を逸らすのは許されない。逃げてはいけない。自分のしたことに責任を持たなければいけない。
ルルーシュが真っ直ぐにスザクを見据える。

「何?大事な話って」

スザクが肩をすくめて先を促す。
軽い態度だが、ルルーシュの一挙一動を見逃さないような鋭さが表情に現われている。

「暑いな、今日」

ルルーシュが青空を見上げ、ぼんやりとつぶやいた。
スザクははぐらかすようなその態度にますます疑念を浮かべる。
実はルルーシュの方は久し振りの逢瀬とも言える状況に腕が震えるほど緊張していて、それを隠そうと必死だったのだが、スザクはそれも気付かなかったようだ。

「ルルーシュ?」

スザクが焦れて、ルルーシュの顔を下から覗きこむ。
ドクン、とルルーシュの心臓が跳ねた。
つぶらな翡翠色の瞳、きめ細かい肌、薄めの上唇、一年前よりもずっと扇情的な気がした。
ルルーシュがスザクの体を引き寄せた。一瞬硬直した後は、すっと力を抜いて、体を預けてくれる。
ほっと息を吐いた。こんな風に再び触れさせてもらえたということに、安心した。
もう二度とこんなこと出来ないと、覚悟していたのに。

ルルーシュは、スザクの唇にキスをした。少し乾燥していた。それを潤すように、ちゅ、っと舌を滑らせた。
スザクは抵抗しない。と、いうのも、不意打ちに驚いていたというよりは、ルルーシュの行為の意味を問うていたら、そちらに気を持っていかれて、己の状況には無頓着になっていたからだ。スザクにとってキスとは、その程度のものにだった。

「な、に?ルルーシュ」

唇を離した瞬間、スザクがじっとルルーシュを見つめてくる。本気でルルーシュが分からず、困惑している様子だ。
聞いておきながら、ルルーシュの次の返答が怖くて震えてしまう。
そんなスザクの様子を気にせず、ルルーシュそっと耳元で囁いた。

「誕生日、おめでとう」
「えっ、」

スザクの腕に、朱色の腕環をかける。ルルーシュの指先は震え、かなりの間抜けな様子だったが、スザクの方も驚愕でいっぱいだったので、気にならなかったらしい。
大きな瞳を一層開きながら、ルルーシュの方を見つめている。

ルルーシュは達成感でいっぱいだった。これが言いたかった。
たとえ戦いの日々に追われていようと、大事なことだった。
初めての友達に、愛しい人に、生まれてきてくれたことに感謝すること。

「覚えてて、くれたんだ」

スザクが茫然とした口調で言った。純粋な驚きと、妙な感慨が沸いた。
スザク自身、忘れていたのだ。自分が生を受けた日のこと。
そんな些末なことに気を向けている暇はなかった。ただ、毎日を張詰めた思いのままに過ごすので、いっぱいいっぱいになっていた。
その原因はもちろん、目の前にいるこのルルーシュという男のせいだったのだが。

「忘れるわけ、ないだろ?」

でも、今は。今だけは。
忘れても、いいんじゃないか。

スザクは再び自責にとらわれながら、それでもルルーシュの細い体に抱きついた。
朱色のリボンが視界の端で揺れた。

好きだ、好きだ、この人が、好きだ。
浮かんだ罪の言葉は、一生懸命呑み込んだ。変わりにスザクの瞳がから、涙があふれた。

「スザク、おめでとう」

瞳を閉じたルルーシュは、嗚咽をこぼす恋人の背中に優しく腕を回した。
謝罪の言葉は言えるわけがない。だから、変わりに何度も繰り返す。
これも本心で、あのころの言葉も本心だった。
スザクは分からないのだろうけど。そうして、混乱しているんだろうけれど。
本心だった。
伝わらないとわかりながら、ルルーシュは心の内で繰り返す。
どうしたらこの腕の中の彼を解放出来るのだろうか。何度も考えた。
どうしたら、彼は笑ってくれるだろうか。
どうやって、『約束』すればいいのだろう。

この一年という月日はきっと長すぎた。
あの七年間よりも、ずっと。

雲が流れ、夏の太陽が姿を見せる。
二人の頬を焼きつける日差しに、答えは見いだせなかった。




2008/7/23 終わり
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