仕方ないさ、誰だって。
幸せを求めるもの。
彼は停滞を見せなかった。
大体において、はじめから僕達は全て違っていた。
国籍も、生まれた後の環境も、考え方も、順番も。
だけど、きっと、だからこそ。
僕達は惹かれあったんだろうし、抱き合ったんだろう。
ひかりの加減で見えるもの
誰かに求められることが、こんなにも面倒だっただろうか。
スザクは思考していた。過去を反芻する癖が彼にはある。
今彼は、ナイトオブゼロとしてルルーシュ皇帝についている。
特出する感慨はなかった。
多分、ルルーシュの覚悟が見えたから。
スザクは頷くことしか出来なかった。
*
「スザク」
ルルーシュの声は、不思議だ。
とらえどころがない。
何度聞いても、変化する。
スザクを呼ぶ声は、ひどくやさしい。
だけど同時に、ひどく痛々しい。
スザクはもうやめてくれ、とさえ思うし、だけど本気で拒絶することは出来ない。
最大限の力を出してみろ、この細い手首はきっと瞬く間に折れてしまう。
ルルーシュを傷つけるのは、何より避けたいことだった。
*
彼の唇は、甘い。
実際に感じるのだ。
同時に、彼の言葉も甘い。
スザクに対するもの、世界に対するもの、対象に関するもの、全て。
それは、彼が彼自身にも甘いということ。
きっと彼は、その真逆のものを自らに課していたのだろうけど。
*
吐き気さえした。
それは、とてつもなく汚いものだったから。
絶対に、手に入れることは出来ないことだったから。
終焉は決まっていたから。
事実は変えられないから。
自分を責めることはない、と彼は言った。
お前は死んで、もう一度生きろ、と彼は言った。
それはどんな死刑宣告よりも重く、どんな愛の言葉よりも裏切りだった。
*
幾度となく、幾度となく吐いた。
快楽など通り越していた。
何も感じなかった。
痛みへと変革されていった。
肉体も精神も、関係なかった。
スザクは思考する。
現在を。流れるときを。意味を。
不自然な結合。慰めにもならない。
痛み。うまく出来ない。一人ではデキナイ。
根幹にある、思い。夢。過去。
吐き出された、汚いもの。
醜い、自分自身。
新しい、いのち、光。
抱き上げることはできない、一生。
暖かなものを。何度も何度も殺して。
*
ナニをしているんだろう。
だるい四肢をそのまま、ベッドに投げ出して、スザクは白い天井を眺める。
精液にまみれた体。慣れてしまったにおい。乾いたのど。
隣にルルーシュはいなかった。ひどい男。
一ヵ月後には、彼はいない。
そして、スザクも。
*
ずっと、求めていたもの。
それを彼がくれた。
永遠、永久、久遠。
有限なる命を持つ、人として、願わずにはいられないもの。
自身の墓場を、仮面の姿で見守った。
ずっと、これが欲しかった。
本当に、そうだっただろうか?
あの日見た夢、希った未来、希望。
生まれ変わり、輪廻し、何度も何度もめぐり合い。
久遠を望むと同時に、刹那の感情の尊さを信じ、何かに裏切られ、何かを選択し。
夢の中でしか、もう息苦しさを感じない。
*
「スザク」
彼の声が思い出される。
彼が名前を呼ぶ。
それは生生しく発せられた。
そのときばかりは理性的な彼が、久しく生命を発露させるのだった。
手を伸ばす。ルルーシュの首へ。
力は入れない。傷つけたくない。
やさしく、生ぬるく、たとえば羊水のように包み込む。
包み込みたい。
許したくない。
包み込みたい。
*
はっと目が覚めた。
大きく翡翠色が開かれ、白い天井を見上げる。
あの日と同じ、輝く蛍光灯が瞳を刺す。
名前のない男は、小刻みに息を吐いた。
永遠を課せられたのは、男の方だった。
*
「愛している」
「なんだ、それは」
「怒ると思った」
「それは、そうだ。」
「愛しているよ」
「いまさら、」
引き寄せられて、キスをされる。
何も感じない、はずだった。
涙だけが頬を伝う。
本当に、ひどい人。
僕を殺して、僕を生かす。
僕を置いていく。先に行く。
*
ねぇ、あのとき。
一年後、再会して、約束通り君が皇帝で、僕が騎士になって。
それから、初めて永遠を囁いてくれた、君に。
僕は答えるべきだったのだろうか。
答えていたら、もっと楽になれたのだろうか。
*
寝汗を大分かいていることに気付く。
体を起こし、上着を脱いだ。
とめどなく、頬を伝うものがある。
何か、感じるべきなのに。
もう何も感じられなかった。
その呪詛を、過去形に出来たらどれだけよかっただろうか。
男は思う。吐き気を催しながら。
精液の味はしない。塩辛い、体液の味。
それから真っ赤な血のにおい。
慣れたと思っていたのに、まだ、慣れない。
慣れることは、きっとない。
この永劫を、滑稽な笑い話に出来ればよかった。
罪悪と愛を一身に背負った、確信的にだまされた馬鹿な男を。
ルルーシュ、君は笑ってくれるだろうか。
この男の純真を、願いを、生き様を。
いびつに滑稽に、みっともなく。
孤独で泣きそうで吐きそうで、死にたくて。
それでも生きている、信じている、夢見ている、
仮面をかぶっている、この男を。
見ていてくれるだろうか。
*
その騎士の墓場は、緑の草花で囲まれている。
四季折々の花が植えられ、周りは近所の子供達の遊び場となっている。
穏やかな空気と、平和な笑い声に包まれている。
夏の日だった。
広がる青空に浮かぶ太陽が、燦燦と照りつける、その墓標に。
花束が一束置かれている。
淡い紫の菫の花だった。
2008/11/20 終わり