ひかりの加減で見えるもの

仕方ないさ、誰だって。
幸せを求めるもの。

彼は停滞を見せなかった。
大体において、はじめから僕達は全て違っていた。
国籍も、生まれた後の環境も、考え方も、順番も。
だけど、きっと、だからこそ。

僕達は惹かれあったんだろうし、抱き合ったんだろう。


ひかりの加減で見えるもの


誰かに求められることが、こんなにも面倒だっただろうか。
スザクは思考していた。過去を反芻する癖が彼にはある。
今彼は、ナイトオブゼロとしてルルーシュ皇帝についている。

特出する感慨はなかった。
多分、ルルーシュの覚悟が見えたから。
スザクは頷くことしか出来なかった。





「スザク」

ルルーシュの声は、不思議だ。
とらえどころがない。
何度聞いても、変化する。
スザクを呼ぶ声は、ひどくやさしい。
だけど同時に、ひどく痛々しい。

スザクはもうやめてくれ、とさえ思うし、だけど本気で拒絶することは出来ない。
最大限の力を出してみろ、この細い手首はきっと瞬く間に折れてしまう。
ルルーシュを傷つけるのは、何より避けたいことだった。





彼の唇は、甘い。
実際に感じるのだ。

同時に、彼の言葉も甘い。
スザクに対するもの、世界に対するもの、対象に関するもの、全て。
それは、彼が彼自身にも甘いということ。
きっと彼は、その真逆のものを自らに課していたのだろうけど。





吐き気さえした。
それは、とてつもなく汚いものだったから。
絶対に、手に入れることは出来ないことだったから。
終焉は決まっていたから。
事実は変えられないから。

自分を責めることはない、と彼は言った。
お前は死んで、もう一度生きろ、と彼は言った。
それはどんな死刑宣告よりも重く、どんな愛の言葉よりも裏切りだった。





幾度となく、幾度となく吐いた。
快楽など通り越していた。
何も感じなかった。
痛みへと変革されていった。

肉体も精神も、関係なかった。


スザクは思考する。
現在を。流れるときを。意味を。

不自然な結合。慰めにもならない。
痛み。うまく出来ない。一人ではデキナイ。
根幹にある、思い。夢。過去。


吐き出された、汚いもの。
醜い、自分自身。
新しい、いのち、光。

抱き上げることはできない、一生。
暖かなものを。何度も何度も殺して。





ナニをしているんだろう。
だるい四肢をそのまま、ベッドに投げ出して、スザクは白い天井を眺める。
精液にまみれた体。慣れてしまったにおい。乾いたのど。
隣にルルーシュはいなかった。ひどい男。


一ヵ月後には、彼はいない。
そして、スザクも。





ずっと、求めていたもの。
それを彼がくれた。

永遠、永久、久遠。

有限なる命を持つ、人として、願わずにはいられないもの。


自身の墓場を、仮面の姿で見守った。

ずっと、これが欲しかった。
本当に、そうだっただろうか?


あの日見た夢、希った未来、希望。

生まれ変わり、輪廻し、何度も何度もめぐり合い。

久遠を望むと同時に、刹那の感情の尊さを信じ、何かに裏切られ、何かを選択し。


夢の中でしか、もう息苦しさを感じない。





「スザク」

彼の声が思い出される。
彼が名前を呼ぶ。
それは生生しく発せられた。
そのときばかりは理性的な彼が、久しく生命を発露させるのだった。

手を伸ばす。ルルーシュの首へ。
力は入れない。傷つけたくない。

やさしく、生ぬるく、たとえば羊水のように包み込む。
包み込みたい。
許したくない。
包み込みたい。





はっと目が覚めた。
大きく翡翠色が開かれ、白い天井を見上げる。
あの日と同じ、輝く蛍光灯が瞳を刺す。
名前のない男は、小刻みに息を吐いた。
永遠を課せられたのは、男の方だった。





「愛している」

「なんだ、それは」

「怒ると思った」

「それは、そうだ。」

「愛しているよ」

「いまさら、」

引き寄せられて、キスをされる。
何も感じない、はずだった。
涙だけが頬を伝う。

本当に、ひどい人。
僕を殺して、僕を生かす。
僕を置いていく。先に行く。





ねぇ、あのとき。
一年後、再会して、約束通り君が皇帝で、僕が騎士になって。
それから、初めて永遠を囁いてくれた、君に。


僕は答えるべきだったのだろうか。
答えていたら、もっと楽になれたのだろうか。





寝汗を大分かいていることに気付く。
体を起こし、上着を脱いだ。

とめどなく、頬を伝うものがある。
何か、感じるべきなのに。
もう何も感じられなかった。


その呪詛を、過去形に出来たらどれだけよかっただろうか。

男は思う。吐き気を催しながら。
精液の味はしない。塩辛い、体液の味。
それから真っ赤な血のにおい。
慣れたと思っていたのに、まだ、慣れない。
慣れることは、きっとない。

この永劫を、滑稽な笑い話に出来ればよかった。
罪悪と愛を一身に背負った、確信的にだまされた馬鹿な男を。

ルルーシュ、君は笑ってくれるだろうか。
この男の純真を、願いを、生き様を。

いびつに滑稽に、みっともなく。
孤独で泣きそうで吐きそうで、死にたくて。
それでも生きている、信じている、夢見ている、
仮面をかぶっている、この男を。

見ていてくれるだろうか。





その騎士の墓場は、緑の草花で囲まれている。
四季折々の花が植えられ、周りは近所の子供達の遊び場となっている。
穏やかな空気と、平和な笑い声に包まれている。


夏の日だった。
広がる青空に浮かぶ太陽が、燦燦と照りつける、その墓標に。
花束が一束置かれている。
淡い紫の菫の花だった。




2008/11/20 終わり
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