君の中に、押し込められていた激しい感情が、僕たちが俗に言う主義者などという言葉で片付けられるものではないと、わかっていた。
わかっていたのに。
「メリークリスマス、スザクくん」
「あ、セシルさん」
「こんな日にまで出勤だなんて、ごめんなさいね。」
「そんな…。このまま出動命令も無いまま済んだら、僕は幸せです。」
彼女の方こそ、いつも変わらずスザクのサポートをしてくれていて、本当に感謝している。それに、クリスマスと言っても、特に一緒に祝う相手もいない。……本当は、生徒会の皆がやっているクリスマス会に参加したい気持ちがあったが、それも自分自身のせいで萎えてしまった。諦めに似たような笑みを浮かべる。
「僕はいいんです。セシルさんの方こそ、用事があるなら今日は早く上がっていいんじゃないですか?ロイドさんもいないし…」
「ああ、あの人は閣下たちとの会合に参加してるから」
おそらく、ロイドにとっては一番にかったるい仕事と言えるかもしれない。彼が政府のお偉い方と噛み合わない会話をしているのが頭に浮かんだ。
「ロイドさんも大変ですね」
セシルがくすりと笑う。
「そうよ。あんな人でも大人になると大変なの。だからね、スザクくん」
「はい?」
「若いうちは、何でも好きなことをやっておくべき。やりたいことを見つけて、それに熱中するべきよ」
「……はい、」
「まぁ、熱中しすぎるとあの人みたいになっちゃうけど」
自由奔放な上司を思い浮かべて、セシルはため息をついた。スザクは思わず吹き出す。
「セシルさん、ありがとうございます。」
「あら、私は別に何も。」
気付かない振りをしているが、元気の無いスザクを励ましてくれているように感じた。
「じゃあ、感謝されついでに、この書類が終わったら帰っちゃいましょうか。」
悪戯っ子のように舌を出すセシルは、とても可愛らしかった。
軍務が終わり、セシルと別れて学園寮へ向かう。外は冷たい空気を纏っていて、息を吐くと白く曇った。
校門の所で、学園のクラブハウスに行くかどうか、躊躇する。もう日も変わる時間だから、とっくにパーティは終わっているだろう。だが、片付けくらいは手伝えるかもしれない。
自分は軍人だ。ブリタニアの。
明日には死ぬかもしれない。皆に会えなくなるかもしれない。
始めは気乗りしなかったが、ユーフェミアのおかげで通うことになったこの学園が、いつの間にかスザクのもうひとつの居場所になっていた。
いつか離れなくてはいけなくなる前に、思い出として刻みこんでおこう。スザクは学園内へと足を進めた。
「あ……、」
暗闇の中、スザクの目にはっきりと入った人物がいた。それは、今会うには気まずい人間だった。
(ルルーシュ……)
七年振りに再会を果たした、ブリタニア人であるスザクの友人。ルルーシュは、クラブハウスの前の生け垣の所で腰を降ろし、ぼんやりと暗い空を見上げていた。
もしかしたら、片付けはもう遅いから明日になったのかもしれない。学園ももう冬休みに入っているので、授業もないから朝から片付けることが出来る。
スザクは上を見上げるルルーシュをじっと見つめた。整った造形は微かな月光さえ一身に受けて輝いて見えた。喧嘩のきっかけは些細な口論からだった。しかし、二人の徹底した考え方の違いは根深いものだった。いくらルルーシュのことが好きでも、スザクにとって決して迎合出来ないことがあった。
「君はブリタニアを憎んでいる……」
ぼそりとスザクが呟いた。気付かないと思ったのだが、ルルーシュの視線がこちらを向いた。ドキっとする。
「スザクは?」
2、3メートル離れた場所から、スザクはルルーシュに近付きはしなかった。ルルーシュの方も、駆け寄ってはくれない。ルルーシュの低音が、緊張した空気の中で響いた。
「わからない」
恐らくは、憎んでいるのだろう。しかしスザクはそう答えた。幼い頃だったら、きっと堂々と言えただろう。ブリタニアが憎い。国土と誇りと、たくさんの命を奪ったブリタニアが。そして迷わず続けただろう。ブリタニアに敵わなかった、弱い自分が何より憎いと。
僕は僕が憎い。一番に憎い。なのに、それを怖がっている。そのために、他の何かを憎むことさえ、怖がっている。
ルルーシュの瞳は強い光を発した。
「ブリタニア皇帝は、あの男は、母親を見殺しにした。それによってナナリーは目と足を失った。俺とナナリーを政治の道具に利用し、日本を占領した」
ルルーシュは淡々と事実を述べた。それから口の端を少し上げ、自嘲気味に笑った。
「どうして俺はブリタニア人なのだろうな」
スザクはルルーシュに歩み寄り、その横にすっと座った。彼の手に触れると、すっかり冷えきっていた。
もしかしたら、待っていてくれたのかもしれない。
そんな希望が生まれた。ルルーシュの方も、期待してくれていたのかもしれない。本来の意味から歪められた、クリスマスという、恋人たちが暮らす日を。
「僕は軍人だ。僕は、ブリタニアに引き取られ、軟禁され、それから解放された時、ブリタニアに忠誠を誓った」
「スザク、」
ルルーシュと離れていた七年間を敢えて話したいとは思わなかった。ルルーシュの方もそうなのだと感じた。
でも、今だけ楽しければいいのだと、満足出来るような子供では、もうなくなっていた。想いが伝わるように、スザクは続ける。
「形式上で。僕の出自を知っている人は誰も信じてはいなかっただろうけど。けれど、それは真実でもあった」
スザクはルルーシュの方へ目をやる。横顔がゆっくりとうつ向いた。
「僕が忠誠を誓ったのは君だ。ルルーシュ。」
ルルーシュと別れてから、色々なことがあった。不満と激昂を押さえつけられ、加えて後悔と罪悪感による虚無と絶望に、自暴自棄にもなった。
そうして出来た偽りの人格に、気付いていないわけではなかった。
「僕は、この国の中からこの国を変える。日本人として。」
何度も胸の内で誓った言葉を、ルルーシュに伝える。
スザクがたとえ後ろ向きであっても、再び立ち上がれたのは、ルルーシュのおかげだった。だからルルーシュのために、スザクは一度抜いた剣を手放さない。
「どうしてお前は、日本人なんだろうな」
ルルーシュがまた、ぽつりと言った。
(僕は君にとっての、ロミオにもジュリエットにもなれないよ。でも……)
スザクはルルーシュの手を取り、指先にキスをした。
「国も地位も関係無いと、あなたをこのまま連れ去ることが出来ない、この弱い自分をお許しください」
「やめろ。俺は皇子なんかじゃない」
「でも、君はとらわれている。君の出自に。君の過去に。」
「っ、お前は、俺の騎士じゃない」
「ルルーシュ」
名前を呼ぶと、ルルーシュが初めて目を合わせてくれた。彼の目はせつなげに細められ、泣きそうだと思った。多分、自分もそんな顔をしている気がした。
「ルルーシュ、僕を見て。本当の僕を。」
「スザク、……?」
「君がいないと、僕自身の理由がなくなる。君が僕を見ていてくれないと」
「……、たとえ、二人の道が重なることがなくても?」
無言で頷いた。するとルルーシュは、今度は声を出して吹き出した。
「我が儘な騎士だな」
「守る方は、大概身勝手なんだよ」
「不正解」
ルルーシュがいつもの調子で、スザクを抱き寄せた。
「俺だって、お前を守るよ。ナナリーだって。それもとびっきりの優しさでな」
そのまま、どちらともなく唇を重ねる。
スザクは、ルルーシュの体を抱き寄せた。
この、破壊と喪失と繰り返す、美しい皇子を守る誓いを胸に込める。
交わらない、平行線を見つめながら。
せめて、今日という日を暮らす人たちの幸せが、少しでも長く続きますように。
ぼんやりとした頭で、スザクは柔らかい草の上に身を倒した。
ルルーシュの優しさと身勝手さを、忘れないように。刻みこむために。頭上に広がる闇から目を反らして、瞳を閉じた。
(メリークリスマス。君だけに。)
2007/12/30 終わり