夢・花火

秋って寂しいよね。

そう呟くスザクの横顔はもの悲しく見えた。
夏の終わりに、ルルーシュたちは学園近くの公園に向かっていた。
日本文化である花火を楽しもう、という会長の計らいだった。

夏の終わりに潜む、微かな別れの記憶に、ルルーシュも恐怖を感じていた。生徒会役員たちが楽しそうに騒ぎながら、闇を彩る花火で遊ぶのを後方で見守りながら、二人はどちらともなく手を繋いだ。

「どんどん日が短くなっていくのがはっきりと分かって」
「スザクは夏が好きだからな」

そして、ルルーシュにとってスザクは真夏の太陽のような存在だ。恥ずかしくてそんな台詞は吐けなかったが。
スザクはそっとルルーシュから視線をそらした。

「手、離した方がいいんじゃない」
「なんで」
「気付かれたら、」
「皆花火に夢中だから、大丈夫だよ」

小声で言葉を交すのが秘密めいていて、絡まった指先が更に熱を持ったようだった。

「それに、こう暗くちゃ見えないだろ」
「、花火、綺麗だね」

スザクも納得したのか、今度は色とりどりの光を放つ手持ち花火の動く様に感嘆の声をもらした。
リヴァルがふざけてくるくると、それを持ったまま走り回る。
静かな音を立てて炎が消えると、後に残るのは火薬の匂い。
モノゴトには全て終わりがあるんだ、なんて示されてるようで、この瞬間ばかりはルルーシュも感傷に浸ってしまう。

「花火って、終わってしまう時が寂しいんだよね」

あれから。七年前のあの日から。こんな風に、ゆっくりと花火を見る時間がスザクにはあっただろうか。きっとそんな暇なかっただろうな。
ルルーシュと同じように、彼も傷を負い、ただただ自分の信念のままに生きてきたのだろうから。ひたすらに、ひた向きに。 それを否定したり無意味にすることは、ルルーシュにはできなかった。

「永遠とか絶対とか、そういうのを否定されているようで」
「不在の証明は神の証明くらい難しいっていうから」

気の利いた言葉も言えない自分の情けなさに、眉をひそめた。絡める指先に力をこめる。ルルーシュも不安でたまらなかった。スザクと過ごすこの時間が何より大切で失いたくなかった。永遠に、絶対に。

次々と終わった手持ち花火が水の入ったバケツの中に投げ捨てられていく。闇夜よりも真っ黒のそれは、とうてい綺麗だとは言えない。

「次はこれ、行こうぜ」

リヴァルが打ち上げ花火に火をつけた。近くにいた生徒会の皆が遠くへ散らばる。

盛大な爆発音の後、空に赤、青、黄の閃光がパッと浮かんだかと思うと、消えた。辺りには、少しの煙と火薬の匂いが立ち込めた。

「すごい、綺麗」
「もう夏も終わりねぇ」

シャーリーのはしゃいでいる様子と、会長のしみじみとした表情が目に入った。ルルーシュも単純に綺麗だな、と思った。発火した時の音のせいで、まだ耳がびりびりとしているけど。

横のスザクに目をやると、耳を塞いで何とも言えない微妙な表情をしていた。不思議に思って声をかけると、口の端を少しあげて、

「銃声みたいだ」

と呟いた。

ルルーシュはハッとした。血の気がひいていくようだ。

あぁ、自分はまた理解出来ないスザクを見付けてしまったと、絶望が増した。

「大丈夫、か?」
「大丈夫、だよ」

そう言いながら、薄い唇は小刻みに震える。ルルーシュは何も出来ない自分に失望しながらも、スザクの体を引き寄せた。スザクもぎゅっと、ルルーシュの腕を掴む。

「もう一発!」

リヴァルが再び花火に火をつけようとするので、ルルーシュは止めようと立ち上がった。しかし、それはスザクによって阻まれた。

「スザク?」
「みんな楽しんでるから。僕は大丈夫だよ」

いつものスザクだ。そう思った。ルルーシュは頷いて、スザクの手を引き立ち上がらせた。

「ルルーシュ?」
「スザク、花火。見てみろよ」
「え、」
「怖かったら、耳を塞いでいてもいいから。ちゃんと上を向いて」

ルルーシュの言葉にスザクは頷いて、遠慮がちに空を見上げた。

パン、パン、パン。

大きな音のすぐ後に、澄んだ空を満開の花が飾った。それからふっと、闇夜に散る。

「どうだった?」
「七年前、みたいだ」

スザクはぼんやりと呟いた。ルルーシュはそっとスザクの唇に指先で触れる。

「綺麗、だろ」

スザクは真っ直ぐにルルーシュを見つめた。
ルルーシュは自嘲せずにはいられなかった。
俺たち二人、今だに過去に捕われている。なんて可哀想なんだろう。

あぁ、それでも。

「なぁ、スザク」

パン、パン。
再び花火が舞う。
今度は金色の光が、綺麗に放射上に浮かんだ。

「兵器とかに使われる、同じ火薬でもさ」

パン、再び、音。
皆の歓声が、どこか遠くで聞こえる。

「こんなに綺麗に、輝くことができるんだよ」

自身にも言い聞かせるように、ルルーシュは続けた。
立ち込める火薬の匂いに、そっと息を吐く。
残酷な矛盾と、当たり前の不条理を、素直に受け入れられなくて、そうしてここまで生きてきた。

心に抱いた鋭い刃に、その手に掴んだ重い銃に、救いを求めたことはない。

最期に綺麗だ、そう言ってもらえれば、ルルーシュは良かったのかもしれない。何よりも誰よりも、スザクから。

スザクには、ルルーシュの気持ちが届いたのだろうか。届いているのだろうか。その瞳から、彼の感情は見えない。その唇から、彼の本性は語られない。

希望を持つこと、期待することを辞めたのは、いつからだったろう。

「ルルーシュ、ありがとう」

スザクが肩をすくめて、言った。
花火に照らされたその笑顔に、すっと心が軽くなる。


ルルーシュは瞳を瞑った。感じるのはスザクの暖かい指先と、ゆっくりと流れる血液の音。

それでも望んでしまうんだ。
この幸せな時間が、永遠に続くようにと。


俺はお前に再会出来て、本当に良かったと思っているよ。

誰にもバレないように、そっとスザクに口付ける。周りの音は、もう何も聞こえてこない。

夏の終わり、二人の思い出がまたひとつ、儚く咲いては消えていった。



2007/9/29 終わり
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