Useful Days
Mix Peace
「幸せの色とは、何色だろうか」
ジノ・ヴァインベルグは本来、直情型の人間であるという認識が、スザクにはあった。
彼は闘いをゲームと捉えるような、些か危険な思想があった。
けれどそれは、余りある自己の熱を放出するためであるとも、付き合いを進めるうちに気付いた。
誇示というのとは、少し違う。
限りあるそれを、抑圧されていたそれを、無駄なく、表現したいと、突き動かすものがある。
少し自分に似ている、とも、スザクは思っていた。
そんな彼がぼんやりと、スザクに呈した問いは、普段と違った響きを持った。
スザクはある既視感を覚え、それを振り切ろうと頭をゆるく動かした。
「どうしたんだい、いきなり」
ジノの方を上目づかいで覗き見る。彼はスザクの頬を指で軽くつねった。
「なんとなく、思っただけだ」
「ふうん」
スザクはその指先を掴み、大きめの爪に歯を立てる。
少し長めの、丁寧に切りそろえられたそれは、美しく汚れを知らないように思う。
「わたしはね、スザク」
「うん?」
「わたしが幸せである時に、必ず不幸せである人がいると、気付いてしまったんだよ」
ジノはなんとも言えない表情を浮かべる。
傷ついているような、もしくは、何も感じていないような、なんだか彼らしくない、と再び思った。
彼は自分の高貴な家柄をひどく嫌っているようだが、その片鱗が見えたような気がした。
ジノが指を小刻みに動かし、スザクの口蓋を弄りだす。
スザクは負けじと、その指の侵入を防ぐために歯を立てる。
痛みにジノが眉をひそめた。
「っ、だから、悩んでしまう」
「幸せの、色?」
「そう、誰にとっても、共通の、色。」
傷ついた口内の指を、今度は優しく舐めてやる。
鉄の味がした。罪悪感は浮かばない。だって奥まで、苦しめようとした罰だ。
スザクは過去を思い出す。
同じ様に、疑問を持った人がいた。
スザクはそれに答えた。透明だ、と。それは、ガラスのようだと。
それは、それを否定して打ち砕く誰かにとっては、破片となって痛みとなる。確かに。
幼いころはそこまで、考えていなかったけれど、妙に納得する。
ジノの青い瞳がじっとスザクを捉える。
口調は大人びていて、体も優しくスザクを包み込む。だのに、その表情だけは、何か答えを待っているような真っ直ぐな瞳は、年相応のように見えた。
スザクはふっと笑う。悪戯心かもしれないし、親切心かもしれない。もしかしたら、自分が救われたいのかもしれない。
ある言葉が浮かんで、スザクは微笑んだのだ。
ジノの長い指先を出して、唇を舐めた。それからぼんやりとした頭で、彼を抱きしめる。
「ジノ、こんなこと、経験ないか?」
「ん?」
「幸せな人を見ると、自分も幸せになる」
ジノの耳元でささやく。ジノは甘えるように、スザクの体を押し倒した。
「確かに。わたしは、スザクが幸せなら、うれしい」
相変わらずの恥ずかしい台詞に耳まで熱くなりながら、大型犬のような彼の背中をあやすように撫でてやる。
スザクの、透明だという答えを、押しつけたくはなかった。
もう、幸せという形を純粋に、思い描くことはできなくなっていた。
ジノがもし、見つけてくれるなら、見つけたそれを、見せてくれるなら。
それでいいかもしれない、スザクは思うのだ。
「スザク、わかったぞ。」
「なにが?」
「幸せの色。きっと、マーブル色だ。」
全ての人の幸せが混ざって、合わさって。
そうやって今は出来て行く。自己を見つけて行く。
ジノらしい結論に、スザクは微笑みを返す。
不安のなくなったジノは、喜々とした表情でスザクの鎖骨にかみついた。
2008/8/14 終わり
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