Useful Days

Sweet Dream

泣かないで欲しい、とは思わなかった。
彼は泣かなかったから。決して、涙は流さないから。

泣かせたい、とは思わなかった。
彼の笑顔はとても綺麗だったから。もっと、その笑顔を見たいと思った。

簡単に言ってしまえば、彼が彼の思いのままに、その表情を見せてくれるなら。
たとえわたしの腕の中だけでも、そんな彼が見て取れるなら。
わたしはきっと、幸せ。


「スザク、どうした?」
「いや、別に…」

ベッドの中で、彼の体を抱きしめていたら、じっと顔を覗かれていることに気付いた。
不思議そうにこちらを見るので、何かったのか聞いてみたら、ふっと眼をそらされる。
腕の中でおとなしくしてくれるようになったのは、つい最近のことだ。
それだけで初恋のように浮かれた気分になる。お手軽な自分に、拍手を送りたい。
ぎゅ、っと強く体を引き寄せると、つれないお相手はもの凄い力で押し返してくる。
許されている距離がある。それを埋めて行くのも、楽しい。

「足りなかった?」
「違う」

語気は荒いが、表情は甘い。
戸惑っているのだろうか?そんな疑問が浮かぶ。
正直、どうしてこんな関係になったのか、ジノ自身も分かっていない。

別にスザクに対して、ライバル意識や劣等感があるわけではなかった。
他人に対する征服慾などにも、ジノは興味はない。
多分、この喜びはそうした獲得感ではなくて、ある種の特別感なのだろう。

特別である自分に開き直ったのは、いつからだったろう。
純粋に生きているだけでも、他人を傷つけることがあるのだと知ってから、大分の葛藤はあった。
けれど、その仕方のない状況、スザクの感情を借りるのならば不平等の世界の中で、精一杯、自分の力で生きて行くということが、自分のやるべきことであると、ジノは結論だてていた。
自分が好きなこと、それは闘い、感情や力や、自分というもののぶつけ合い。
その時が一番、自分自身を自覚出来る。ジノは爽快感を覚えていた。

だからだろうか、一層、彼はスザクが悩んでいる状況を疑問に感じていた。
何故、闘いに自らを投じていながら、人を傷つけることに悼むのだろう。
そもそも、守りたいから軍に入るなんて、矛盾している。

自分の力を試したいんだろう?自分の足で立ちたいんだろう?
肩がきとか家柄とか、そんなものに縛られずに。

ジノはスザクの柔らかい髪に口付けしながら、そっと吐息で要求を口にする。
スザクはその不意打ちにぎょっとした。それから目元を赤く染め、しどろもどろに答える。

「馬鹿なこと、言うな…!」
「本当にシてもらいたいんだもん」
「そんなの、出来るわけ…!」
「やったことない?」
「っ、」

押し黙る。成程想像通り、あるのだろうな。
上等、そんなの関係ない。過去より、今だ。
今この瞬間の自分が、自分だ。
こうして、一種の幼さと純粋さが一欠片発露した、この瞬間のスザクが、スザクだ。

「ジノ、その…」
「いーよ、別に」

申し訳なさそうな顔。見るのがいやで、彼の顔を胸に押し付ける。
押し殺したような吐息が聞こえた。逡巡してくれるその譲歩が、うれしい。

「今度してもらうー。スザクはわたしより、大人なのだろう?」
「こういうときだけ、年下面するな!」

言葉とは裏腹に、背中に回される腕。
わたしは幸せなのだと思う。
そして今のスザクは、きっと幸せ。
想いのままに、わたしにぶつければいい。
日常に矛盾を抱えたまま、押しつぶされそうな生活に疲れたら、こうしてわたしを抱きしめればいい。
ある種、わたしの好きな闘いのような行為に耽った後は、くだらない睦言をこぼしながら、わたしと言葉遊びを交わせばいい。
そうしてわたしの腕の中で、安心して眠ればいい。


「いい夢を、スザク」
「ん……」

悩むことから、傷むことから目をそらせないのならば、せめて、甘く優しい夢を。
健気な祈りを内に秘めながら、ジノはスザクにキスをした。




2008/8/11 終わり
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