Useful Days
Secret Memories
後ろから抱きしめている体は、驚くほど華奢で、小さい。
日本人はもともとそうなのだと、前にスザクが教えてくれた。
「スザクー、」
「なに、ジノ?くすぐったいって」
首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐと、甘い香りがした。
ぺろりと舐めると、スザクがからからと笑う。
「真面目な話、いい?」
ジノが問うと、スザクは変わらない表情で唇を動かした。
「いいよ?」
語尾を上げて、首を傾げるその様子は、先ほどの行為とは対照的に幼く見える。
ジノはスザクの耳元でそっと囁いた。
「スザクは、その……皇女殿下と」
ジノは言い淀んだ。ずっと気になっていたことだが、いざ聞くとなると胸がすくむ。
スザクが彼女の名前を出されると、唇を強く引き結んだ。
「ユフィと?」
強い口調。ジノは腕の中で頼りない彼を支えるように抱き締めた。
「その……恋仲だったのか?」
核心をついた。
ブリタニアの皇女と、属領であるイレブンの青年である騎士。
イレブンの中だけでなく、本国でも有名な話となっていた。
「そう…なのかな」
「ん?」
「僕も、ユフィのことは好きだったけど、実際こういうことはなかったから…」
こういうこと、というのは、たった今終えた行為だということに気付き、ジノははっとする。
確かに、あの純真そうなユーフェミア殿下には、そんな気持ちにはなれないかもしれない。
けれど、スザクの判断基準がそこに置かれているということが、踏み込んではいけない空恐ろしさを感じた。
「それにあの時、僕は僕で余裕がなかったから」
「そうなのか?」
「確かにユフィは僕の唯一の救いであったけれど……」
スザクが遠くを見つめる。何かを思案するように、何かと向き合うように。
ジノは言葉を挟むことが出来ない。
「恋仲、か。そうだったらいいと、思っていたんだろうな」
そう思えればよかった。スザクはそういう意図を持っていたように感じた。
スザクが彼女に、思慕以外の感情を持ち合わせていた。
それは、俗物的な発想ではなく、叶わない羨望に似ていた。
どうしたって、スザクには手に入れられない、純度を持った正義のような。
彼が熱望していたものだ。
ユーフェミアは気づいていたのだろうか。
聡い彼女のことだから、おそらく、気付いていたのだろう。
それでも、彼女はスザクのことを好きでいてくれた。受け入れてくれた。
酷いことをしたのだと思う。そう思うことさえ、おこがましいと思う。
彼女を護ることが出来なかった。
それで、傷んでいるのだろうな。
ジノはスザクを見つめる。
幾分かの同情が含まれていたのは、否定できない。
ジノの想像も真実である。
だが、スザクにとって当時、大きな比重を占めていた『彼』がいたことを、ジノは分からない。
そのために、彼の目に映るスザクの複雑性に、いささか不和を感じるのは仕方のないことだった。
「スザクー、」
ジノは再び彼を抱きしめる。その腕を払われることはない。
肩口に頭を乗せ、もたれかかると、ちょっと重そうに身をよじりながら、顔をこちらに向ける。
「くす、」
「ん?どうした?」
「いや、ジノはなんだか…」
スザクは微笑みを浮かべながら、ジノの髪を撫でる。なんだか切なそうな、諦めたような、でもほっとしているような、そんな声音だ。
スザクは思う。仮面の『彼』を想い浮かべながら。もし、『彼』だったら、煮え切らない自分の態度を理詰めで語ろうとするのだろう。たとえば恋仲の定義から切り込んで、懸命に自分を励まそうとするのだろう。
ジノは何も言わず、ただスザクを抱きしめるだけだ。
質問をしたことに対しては、なんの悪びれもなく。
スザクの中に入ってくることには、なんの罪悪を感じずに。
「ジノはなんだか、面白いな」
「なんだよ、それ」
正直な感想を言うと、ジノがふっと笑う。
優しい気持ちになった。
「笑って」
「えー?」
ジノはスザクの要求に首をかしげつつ、スザクの耳を甘噛みする。
スザクは肩をすくめながら頷き、ジノの唇にキスをした。
ジノは虚をつかれたあと、はじける笑顔を浮かべた。
ジノの中にたゆたっていた後悔やら、疑問やら、それだけですべて払拭されていく。
笑って、笑って。心から。
肝心なところは、何も話さなくてもいいから。
ジノは思いながら、彼の唇に応えた。
2008/8/8 終わり
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