長い指先が頬を伝う。無感情、むしろ好意的な視線なのに、隙のまったくない方だと思った。
初対面であるのに、相手を見極めようという瞳ではない。ただ、深みのある紫を、彼と重ねてしまった。
やっぱり少し…似ているかな。
しかし、あのルルーシュでさえも、この方を前にしたら怯んでしまうのではないかと思う。
じっと緑色の瞳で目の前の相手を見据えると、予想に反して暖かな笑みが浮かべられた。
シュナイゼル・エル・ブリタニアとの邂逅は、スザクにとって印象的なものとなった。
「あの、…殿下?」
「ん?なんだい?」
「えぇと…」
どうして触れられているのだろうか。
しかも、さっきまでは触れられていただけだったというのに、今はかるく掴まれ、遊ばれているような気分になる。
しかし、シュナイゼル相手にやめてください、などと言えるわけはない。(上官であっても、ロイドであったら言えるのだけど)
「柔らかいね。」
「はっ、」
ますます密着していく体にあせりを覚え、かけられた言葉に敬礼をすることで距離を置いた。
すると少しつまらなそうに、その腕首を掴まれ、手を引かれた。
自分より10センチは上背のある、大きな胸に抱きとめられる形になってしまって、スザクは焦ってしまう。
振り払うことも出来ず、訳も分からずシュナイゼルを見上げる。
頬に触れていた指先が、そっと薄茶色の髪の毛に伸びた。
「殿下?」
「こちらも、」
柔らかだ。
耳元でささやかれ、ビクンと体が震えた。
抵抗ができない代わりに、いぶかしげな視線を送る。
それすら気にせず、何度も何度も、髪の毛に指をからめられた。
「おやめくださ…」
「不思議だね、君は」
とうとう拒絶をしようとしたら、不可思議な笑みで言葉を止められた。
す、っと紫色の視線が横へとずれ、にやにやと笑うロイドに向けられた。
「普通矜持のある者は、頭をなでられることを嫌うのだが、その様子はないようだ。」
「彼は、なかなかのあまえたがりですよ。」
ロイドが面白そうに言う。
スザクはバツが悪くうつむいた。
何を真意としているのか。この次期皇帝最有力候補に、そのような邪推は無駄なのだと悟る。
「そして、いいパーツだ」
あはっ、と高々に声をあげて笑うロイドを、隣のセシルが叱咤する。
いつもの雰囲気に気持ちが和んでいたら、いきなり襟元を引き寄せられた。
圧倒的な力だ。軍人で、体力に自信があるというのに、不意打ちだけが理由ではなかった。
これは…。
唇に、何かが触れる感触。ぞくりと背筋が凍る。
すぐそばに、藍に近い紫が細められていた。獲物を狙う獅子のような怜悧さと、たんたんと戦況を見つめる虎のような狡猾さが含まれているような気がした。
「んっ、くっ…」
ぬめりとした舌が挿入され、官能的な音が耳を支配した。
他にはロイドとセシルしかいないと言っても、されるがままになる羞恥心は計り知れない。
信じられない。
なんなんだ、この人は。
抵抗できないのをいいことに、思うがままに口内を蹂躙された。
時々漏れるスザクの吐息も、からかうようにからめ取っていく。
やっと解放されたときには、スザクは体に力が出ないほどに息切れしていた。
背中を支えられているのも不愉快に思いながら、シュナイゼルをにらみつける。
「誰かと重ねている?」
「は…?」
「君は君である前に、誰かでもある気がするね。」
不思議な響きを持つ声音に、すべてを見透かされているような気がした。
少し怖くなる。けれど、救われていくような感覚にも陥る。
「ひとりはとても真面目で、勤勉で、自分に厳しく、感受性の強い君。もうひとりは、とても排他的で、皮肉やで、冷静で、誇りを重きに置く君。あぁ、どちらも同じなのか」
「殿下は、言葉で思考をされるのですね。」
「思考には二つある。言語を使うものと、言語を使わないもの。後者の方が幾分大事か、思い知っているというのに、未だに私は囚われているね。」
いろいろな、ロジックに。
シュナイゼルが興味深げに笑んだ。
スザクはやはり彼をつかむことは出来ない、と思った。
不思議な方だ。一瞬、自分が彼をルルーシュと重ねていることを知られてしまったのか、と不安になったが、そういうわけでもないらしい。
いや、それとも。
ひとりめの自分は、スザクの理想とする性質。
ふたりめの自分は、スザクの根幹となる性質。
そのどちらも、ルルーシュが持っている面だな、となんとはなしに思う。
「私に会って、どう思ったかね?」
「…殿下は、不思議なお方ですね。」
「私にとっては、誰であっても不思議なのだが。」
肩をすくめる彼に、ロジックのしがらみなど感じられない。
いつの間にかスザクは、無理やりにキスをされたということも忘れてほほ笑んでいた。
「そうですね…殿下も人間なのだな、と思いました。」
「君は、つくづくおもしろいね」
シュナイゼルは言うと、一歩スザクから離れた。
スザクも背筋を伸ばし上官に対し敬礼をする。
「頑張ってくれたまえ。私のため、ブリタニアのために。」
「はっ。」
「…その目に意志が宿ることを、願っているよ」
すっと大きなマントをなびかせながら、シュナイゼルは特派の実験室から出て行った。
張りつめていた空気が落ち着きを取り戻す。
「う〜ん、君って怖いもの知らず。」
ロイドがしみじみと言った。
スザクの方は、何を言われているのか理解できない。
自分の忠誠が疑われているのか、それとも。
彼が言っているのは、大義や正義にとらわれない、スザク自身の意志のことなのだろうか。
それは、スザクも見つけられていない、難儀な問題だった。
「怒られますかね?」
「いや、殿下は喜ばれていると思うよ」
「?」
「君がランスに乗るっていうことをね。」
含みを持った物言い。
やっぱり良く分からないけれど。
今、自分に出来ることを。
スザクは騎士の証をぎゅっと握りしめた。
瞳を閉じると、平和を信じていた幼いころの日本がうつる。
ルルーシュとナナリー、そしてスザクが、蒸し暑い夏の日、満面の笑みを浮かべて遊んでいる。
儚く遠い、刹那の夢だった。
2007/6/29 終わり