幸福な死

ずっと夢見ていたことがある。

遠い夏の日に出会った、兄妹との再会。
そんなこと、出来るわけがないとわかっていた。それは、スザク自身が崩した均衡だった。
あの時、言えなかったことがあった。罪の告白と、突き付けられた結果から得た結論。

彼のあの熱く、燃える瞳が、変わらずあることを望んでいるのか、それとも逆なのか・スザクには良く分からない。

彼らに面と向かって会う決意も覚悟もおぼろ気にしたまま、スザクは遠い過去の夢にすがっていた。

(もう、綺麗な体という訳でもないのに)


幸福な死


「イエス・ユア・ハイネス」

毒ガスを回収・テロリスト達の抹殺を命じられる。命令を受けると、胸が軽くなる。思考と体が切り放されて、ただの機械のように振る舞うことが出来た。一本気である元々の性格は、こういう所で役立っていた。
ガスマスクを装備し、テロリストが潜伏しているという地下鉄内に捜索に入る。

大体の軍属している名誉ブリタニア人は、意志薄弱というよりは突飛な性質を持った人間が多かった。
魂を占領国へ売り渡した瞬間から、民族意識など捨てている。スザクのように、途方もない純粋な野心を持った人間などは存在せず、軍内でもさげすまれる対象となっていた。

(痛……)

今日も、軍令が下る少し前まで、以前受刑者であった名誉ブリタニア軍人達に犯されていた。彼等はスザクの目が気に入らないのだという。その咎めるような、だがどこか諦めたような真っ直ぐな瞳をやめろと、何度も何度も凌辱された。酷い言い掛かりだが、抵抗はしなかった。やる気になれば出来ただろうが、そんな気力すら起きなかった。自分が全て悪いのだ。そう思った途端、七年前の自分がフラッシュバックして、四肢が力を失う。

(だからと言って、淫乱はないだろ…痛かっただけだ)

意味の無い彼等の責め句を思いだし、軽く舌打ちをして腰を抑える。と、前方に気配を感じた。慎重に壁際によると、大きな卵型の兵器と、その前に一人の人間が立っている。

(まさか、そのまま散布させる気か…!?)

「待てっ!」

言うが早いか、スザクは毒ガスの前に立っていた人間を拘束する。案の定彼は抵抗をした。

「待てっ、俺は…!」
「もうやめるんだ!どうして毒ガスなんか…!」
「毒ガスだと?どうせこれだって、ブリタニアが作ったものだろ?」

簡単にまとめ上げられた両腕の細さに違和感を感じ、目前に構えた彼に焦点を合わせた。捉えたのは、静かな熱をたたえた彼の…瞳。

「ルルー、シュ?」
「え、」
「僕だよ、スザクだ」
「スザク…、なのか?」

スザクはゆっくりとマスクを外す。開けた視界で正面を見据えると、ルルーシュは虚を突かれた顔をしている。

「お前、生きて…」
「君も」

胸がすっと軽くなる。その時スザクは確信していた。ルルーシュが、彼の意志がどうであろうと、自分は彼が生きていることだけを望んでいたのだと。

殺伐とした地下道の中を、束の間の再会が光をつけ加えたのは、ほんの一瞬のことだった。前に置いてあった毒ガスが、不審な音を立て始めたのだ。

(爆発する…?)

危ない、そう感じた瞬間、ルルーシュにガスマスクを押し付けた。白い煙とともに、卵型のそれがヒビ割れ始めた。間に合った、そう安堵した時、スザクもルルーシュも驚きを隠せない事態が起こった。

「女……っ!?」

神秘的な光に包まれ、長い緑色の髪の少女がそこから現れた。毒ガスと聞いていたが、これはどういうことなのだ。体の下敷にしてしまった再会した友、ルルーシュの方も、眠る少女に目を奪われていた。

「これは一体…」
「よくやった、枢木一等兵」

体を素早く起こし、声のした方に目を向ける。と、軍令を自分に下した上官と、何人かのブリタニア兵が立っていたま。スザクはわけが分からず上官に問い正す。

「どういうことですか?自分は毒ガスの回収を命じられましたが、これは…!」
「追求は許さん。それより、花を持たせてやろう。そのテロリストを撃て」

上官は、スザクが上を目指していることを知っている。スザクの素性は上層部しか知らないが、名誉ブリタニア人としては異例の一等位まで上りつめたスザクの軍令に対する姿勢は、認めていた。スザクが他の軍人たちに凌辱されていることを知っていながら無視をする、歪んだ評価ではあったが。

銃口を突きつけたまま、ゆっくりとスザクたちに近付いてくる。
スザクには目的があった。それは、自らが起こした結果であるこの国を、この国の中から変えるということだ。そのために、軍の中で決められたルールを遵守し、功績を重ね認められ、いつかは上に立ちたい。そうやって、七年間生きてきた。

だが、根幹の理由はもっと細やかなものだった。ルルーシュとナナリー……七年前出会った、初めての友人が、どんな形であっても生きてくれていたら、彼らに幸せを与えることが出来るような、そんな世界を求めていた。

スザクは上官を真っ直ぐに見つめる。その目からは、今までにない輝きを放っていた。

「自分は、撃てません。」
「何?」
「友達を撃つことなど、出来ません」

友達…自分の言葉を反芻する。軍の中で命令に従わなかった者がどうなるかは、十分に分かっていた。抵抗する気はない。ただ、ルルーシュとこの少女が無事であるのを見届けたいとは思ったが。

「そうか、なら、死ね」

背中に突きつけられた銃口から、容赦なく発砲された。衝撃に力無く倒れた瞬間、スザクは幸せだった。

「スザク……!」

ルルーシュ、君は馬鹿だと言うだろうか。

この手が、この体が、どれだけ汚れていようと、君に再会出来て、君のことを友達だと言えて。

スザクは失われていく意識の中で、ひたすらに感謝した。

僕は少しの間、綺麗な自分に戻れた気がしたんだ。心から、僕は僕の名前を言えた。僕の名前を呼ぶ君に、僕は僕で良かったと思えたんだ。
笑っていいよ。馬鹿だと言って。それが地獄でも、墓の前でも、君の頭の中でも構わない。

だから、ルルーシュ、…ありがとう。

五感の全てを奪われて、スザクは深い眠りについた。
その名を呼ぶ叫び声は、どこか遠い所で霧散した。




2008/02/16 終わり
  ←BACK  NEXT→