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夏・君の声
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「なあ、スザク。デートしないか。」
ゆっくりとこちらを振り向く君を、太陽が照らしていた。
蝉の泣く声も、子供たちが水浴びをしてはしゃいでいる様子も、ここからは分からない。しかしルルーシュは、何故だかこの空間が風流だと思った。騒音とも、心地好い子守唄にもなりうる、そんな継続的な摩擦音を気にすることもなく、隣の彼はアイスキャンディを懸命に頬張っていた。
白いシャツの第二ボタンまでを寛げながら、さっきから少しでも風を送ろうと試みている。こめかみからすっと汗が一筋落ちたと思ったら、その手に持っていた棒からも溶け出したピンク色の液体が流れて来ていた。
「溢れてるぞ」
「ああ、ベトベトするのに」
「もっと上手く舐めなきゃ・」
慌てて棒を上下させるスザクを見かねてハンカチを取り出した。濡れてはいないが、無いよりはマシだろうと、薄ピンクに染まったシャツを拭きとり、それから棒と一緒に握らせてやる。
「ありがとう、ルルーシュ」
「ああ、」
スザクのいつもと変わらぬ笑顔に、ルルーシュはそっけなく答えた。柄にも無く緊張しているので、そうなってしまっただけだ。
電車はそんな微妙な空気を察することなく、運行時間に忠実に進んでいく。一駅ごとにドアが開閉し、乗客が一人、また一人と減っていった。だんだんと外の景色も閑散としてきた頃、スザクが口を開いた。
「ルルーシュ、どこにいくの、」
その彼の声が、思いの外強く咎めるように感じたのは、ルルーシュの後ろめたさからかもしれない。ルルーシュはスザクの視線を感じつつも、それを流す振りを装いながら、いつもの調子で答えた。
「海に」
短く呟くと、ふっとはりつめた空気が緩んだ気がした。スザクが微笑んだせいだと、分かった。
スザクが、結局ベトベトになった手の平を控え目に重ねてくる。もう一方の手で、食べ終わったアイスの棒をくるくると回しながら。ルルーシュが何も言わないので、退屈しているのか怒っているのか、両の足をぷらぷらと揺らし出す。上体の連動につられた振りをして、ルルーシュは重ねられた指を絡めた。
「ルルーシュ、」
スザクが何かを言おうとして、止めた。なんとなく分かる。どうしていきなり、どうして海になんて。先回りをして答えることはやめた。
理由なんて、ない。
スザクと出会ってから、そうした感情が多く存在するということを知った。たくさんあって、それを選択することしか知らなかったルルーシュにとっては衝撃的だった。
ただ、教室からいつものように帰ろうとするスザクに声をかけてしまったのは、彼の一種残酷とも表現される無表情に、どうしようもなく救いを与えたいという気持ちが沸いたからなのだろう。
しかし、それでどうしてデートなのか。しかも、海なのか。ベタなシチュエーションの演出にルルーシュは自業自得なのだが頭を抱えたくなる。
スザクはルルーシュの戸惑いを感じ取ったのか、絡まる指先を強め、ルルーシュにふっと笑いかけた。
「ね、緊張してる?」
「お前は、慣れてるようだな」
「まさか。初めてだよ、デートなんて。」
スザクの高く優しい声が、安心させるようにルルーシュの胸を包んだ。
「だから、嬉しいんだ。ルルーシュとしたかったから。」
素直に響くそれが、どのような表情で発せられているのか気になって、隣に目をやった。暑さのせいで熱った赤い顔が、唇を尖らせている。
「やっとこっち、向いたね」
手の甲を、お仕置きとばかりに軽くつねられた。痛いよ、言おうとした瞬間、電車が終点を告げた。
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